新宿末広亭… 2008年11月30日公開
ここを初めて訪れたのは、今を去る事三十年程前。
私は俳優・小沢昭一主宰劇団”芸能座”の研究生となり、
勉強になるからと先輩たちに勧められてここへ来たのだ。
その時高座に出ていたのが脂ののった立川談志師匠。
”立て板に水”のごとくの語り口は確か講談ネタの「三ヶ原軍記」だったと思う。
それはそれはすごかった・・・。
その強烈な印象は今も少しも薄れていない。
その後も時々、そして帰郷してからも時に上京の折、
懐かしく訪れた事があったが、今回久々の訪問をしてみたのだ。
改めて表から、そして中に入ってその佇まいを眺めてみると、
何ひとつ三十年前と変わってない気がして嬉しかった。
ただ、たくさんの演者や、客たちの移ろいが、
寄席の空気をより深く濃い色あいに染め上げていた。
何ともいえぬ哀愁があった。 ここは現代のオアシスだ
私が芸能座で・・・
初めて頂戴した役が”古今亭志ん生”宅に通う酒屋さんの役で、
しかも三~四行のセリフがあった。
それが難しかった・・・
相手役はご長男(十代目金原亭馬生)役となった
大塚周夫さん。
あのチャールズブロンソンの声の吹き替えをしていた俳優。
演出家のダメ出しがいっぱい出て困り果てる私に、やさしく教えを下さった。
上手かった、 有難かった・・・
芝居は大西信行作・早野寿郎演出の「落語無頼語録」といった。
場所は新宿 「紀伊国屋ホール」・・・。
あれから幾年月・・・
巡り巡って私は今、落語(素人なれども)を勉強している。
上手くなりたいと思って、生の落語に帝都東京へ出た折に触れてみたかったのだ・・・
しかし新宿はずいぶんと変わったが、紀伊国屋商店、中村屋、伊勢丹、歌舞伎町などなど
みんなみんなそのままで、この町でアルバイトもたくさんやった事も思い出す・・・
寄席から出されて外に出ると、何だかあの頃と変わらぬ
ひんやりとした秋風が ”フフフ・・” と笑ってビルの間を通り過ぎて行った・・・・
見上げた月がとてもきれいだった。
ブラブラと歩いて――
駅近く、東口の焼き鳥屋で一杯ひっかけて腹ごしらえ。
それからホロ酔いで南口、そして西口へと街を行く。
ついこの間まで会社の存続をかけて
懸命に新ライン稼動に汗を流し、気を削り
無事その完成と共に塩の需要を満たし
ひと山越えて来た私にとって、
しかも原油価格の下降も手伝って
満ち足りた、しかし なぜか哀しい思いが
ブルブルと心の中を交差していくようだった。
青春をたくさん散りばめた街”東京”は、私にとって様々な思いを抱かせてくれる第二の故郷。
私はそんな東京がとても好きなのです・・・。
ネオンにまみれて口ずさむ歌は、”クールファイブ”の「東京砂漠」
そして ”マイペース”の「東京」なんです・・・
そうだ、昼間歩いた四谷界隈では、”猫”の「地下鉄に乗って」なんかが口をついて出てきました。
でもそれは、いつもなんです・・・・・・ハイ。